我々の研究室では、素粒子物理・宇宙素粒子物理に関する実験・観測を行っています。特に、スーパーカミオカンデやその後継装置のハイパーカミオカンデを使い、素粒子ニュートリノの性質の研究、陽子崩壊などの新現象の探索、ニュートリノを利用した宇宙天体の観測、を推進しています。
スーパーカミオカンデ
スーパーカミオカンデは、直径約40m、高さ約42mの円筒形の水槽内に約11,000本の50cm径光電子増倍管を備えた、世界最大の地下ニュートリノ観測および陽子崩壊探索実験装置です。スーパーカミオカンデは1996年の運転開始以降、長い歴史を持つ測定器ですが、継続して装置や解析手法の改良を行い、世界のニュートリノ研究を牽引してきました。
SK-Gd
2020年夏にはレアアースの一種であるガドリニウムを加え、SK-Gdとして新たな観測を開始しました。ガドリニウムは中性子捕獲効率が極めて高く、また捕獲後にスーパーカミオカンデでも検出可能な比較的高いエネルギーのガンマ線を放出するので、ニュートリノ反応の測定感度が飛躍的に向上します。
超新星背景ニュートリノ
SK-Gdで可能になる多数の研究の中でも、我々は、未発見の超新星背景ニュートリノの世界初観測を目指しています。超新星背景ニュートリノとは、過去の宇宙の歴史の中で起こった超新星爆発により生成され、それが蓄積し現在の宇宙に漂っていると考えられているニュートリノです。期待される事象数が年間数個と極めて小さく、これまでのスーパーカミオカンデではノイズに埋もれて観測できませんでした。SK-Gdでは、ニュートリノ反応と同時に放出される中性子を同時計測することで、ノイズを飛躍的に低減し、超新星背景ニュートリノの世界初観測を目指しています。超新星背景ニュートリノの研究により、宇宙の星形成の歴史、超新星爆発のメカニズム、そしてニュートリノ自身の性質を解明する手がかりを得られると期待しています。
ニュートリノ振動と陽子崩壊
太陽ニュートリノ、大気ニュートリノおよびT2Kビームニュートリノを用いたニュートリノ振動の測定もSK-Gdで継続します。特に、大気ニュートリノおよびT2Kビームニュートリノにおいては、中性子を用いたより精密なニュートリノ反応の分類が可能となり、ニュートリノ振動の研究がより進展すると考えています。さらに、素粒子大統一理論で予言されている陽子崩壊についても、SK-Gdでは大気ニュートリノによる背景事象を低減し、更なる高感度での探索を行うことが可能になります。
T2K実験
T2K(Tokai-to-Kamioka)実験は、茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCで人工的に作り出した大強度のミューニュートリノビームを295km離れた岐阜県飛騨市のスーパーカミオカンデに向けて発射し、ニュートリノが別の種類のニュートリノに変化する「ニュートリノ振動」という現象を高精度で観測する実験です。ニュートリノ振動の確かな証拠は、1998年にスーパーカミオカンデを使った研究で世界で初めて報告されました。この成果により、本学宇宙線研究所の梶田隆章教授が2015年にノーベル物理学賞を受賞しています。
CP対称性の破れの発見へ
T2K実験では、2011年に「ミューオン型から電子型への変化」という、それまでは観測されていなかった種類のニュートリノ振動を発見しました。このミューオン型から電子型へのニュートリノ振動が起きる確率をニュートリノと反ニュートリノでそれぞれ測定し、その差異を見ることで、ニュートリノにおける物質と反物質の性質の違い(CP対称性の破れ)を観測することができます。
すべての素粒子には、同じ質量を持ち電荷などの符号が正反対の「反粒子」がそれぞれ存在します。宇宙がビッグバンで始まったとき、粒子と反粒子は対となって同じ数生じたはずですが、現在の宇宙には反粒子がほとんどなく、星も我々も粒子のみで構成されています。宇宙から反粒子が消えてしまった謎は、素粒子物理学の大きな課題の一つです。この謎を解くための鍵を、まだ発見されていないニュートリノでのCP対称性の破れが握っている可能性があり、我々は、その発見に向けて、T2K実験で世界の研究を主導しています。
前置検出器アップグレード
CP対称性の破れの発見のためには、ニュートリノと反ニュートリノのわずかな差異を観測する必要があるため、ニュートリノ振動の精密な測定が必要になります。そのために、ニュートリノと原子核の反応やニュートリノビームの強度を正しく理解し、測定の系統誤差を小さくすることが不可欠です。T2K実験では、振動前のニュートリノをJ-PARC敷地内に設置した前置検出器で測定し、これらの系統誤差削減に役立てています。我々の研究室では、ニュートリノ反応をさらに精密に測定するために、この前置検出器をより高性能な装置にアップグレードするプロジェクトを発案し、中心グループのひとつとして推進しています。
我々が主に開発している新ニュートリノ検出器のひとつ、SuperFGDは、1cm角のプラスチックシンチレータ約200万個により、検出器内部で起きたニュートリノ反応の詳細な情報を捉えることができます。
ハイパーカミオカンデ
スーパーカミオカンデは、1996年の運用開始から25年が経った今もなお、SK-GdやT2K実験により新たな実験手法を生み出し、研究の地平を切り拓き続けています。しかしながら、その成果を足掛かりとしつつ、さらに飛躍的な進展を生み出すためには、より高統計・高精度の実験が必要となります。
そこで、我々は、現行のスーパーカミオカンデよりもさらに一桁大きく、高性能な装置であるハイパーカミオカンデ検出器の建設を進めています。ハイパーカミオカンデでは、ニュートリノ振動の研究、素粒子の大統一理論で予言されている陽子崩壊の探索や、超新星からのニュートリノ検出など、宇宙と素粒子にわたる幅広い分野で世界最高の研究が可能となります。
ハイパーカミオカンデの予算は2020年初頭に認められ、2027年の運転開始に向けて建設が始まりました。スーパーカミオカンデのものよりも光検出効率、電荷分解能、時間分解能などの性能がそれぞれ2倍改善した、高性能光電子増倍管の大量生産も開始されました。我々の研究室では、光電子増倍管の性能検査や、較正方法の確立など、検出器の性能を最大に引き出すための開発研究を行っています。